"人々は、なぜ身体障害者を「純朴な人」として扱いたがるのか?
最近、これに対してあるひとつの仮説を思いついた。 このように考えてる人は、障害者のことを“罰を受けている人”のように 思っているんじゃないだろうか。ちょうど刑期を終えて出所してきた人の性格が 穏やかになっているように、“罰を受けている”障害者は、 性格が丸くなっているはずだと期待するのである。
こりゃトンでもなく失礼な考え方だと思う。 ある人がごく自然に生きている状態をさして「罰を受けている」と定義しているのだから。 そりゃ、中途で障害をもった人のなかには、自分の障害を “罰”のようにとらえてる人もいるのかもしれないが、 それはその個人の(悪)趣味である。よくよく考えてみると、 新山もかつて上のような考え方をしていただけに、なおさらショックだ。
"— 2010/4 (1) (via cokeraita) (via akko2524) (via fukumatsu) (via stratums) (via ssbt) (via wideangle) (via hanemimi) (via yuco) (via yaruo)